メタルレジスタンス 赤い夜 LEGEND ”巨大コルセット祭り”【後編】 ヴァイキングとアシュケナジムとボヘミアン・ラプソディー

メタルレジスタンス 赤い夜 LEGEND ”巨大コルセット祭り”【後編】 ヴァイキングとアシュケナジムとボヘミアン・ラプソディー

こんにちは。おちです。

前回の メタルレジスタンス 赤い夜 LEGEND ”巨大コルセット祭り”【前編】 北欧神話とヴァイキング では、ヴァイキングはバルト海の覇権を握り、その勢力範囲は地中海へも至り、イギリス(イングランド)、フランス北部、イタリア南部へ進出、これらの地域を手中に収めていたことを述べさせて頂きました。

また、ヴァイキングはアイルランド、アイスランド、グリーンランドへも進出しており、さらには北アメリカのカナダへも到達。東アジア・中東とも交流し、その活動範囲は世界を股にかけるといっても過言ではないとも述べさせて頂きました。

さらに驚くべき事実として、ロシアのルーツはヴァイキングである可能性が高いという事です。

今回のお話しは、ロシアのルーツに触れます。そして、その結果アシュケナージ・ユダヤのルーツにも触れることになります。

※注意!!この「メタルレジスタンス」のお話は全て私の妄想。遊びです。BABYMETALの「メタルレジスタンス」の解釈は無限にありますので私の話だけに固執しないようにお願いします。

スウェーデンのヴァイキングとルーシ・カガン国

Wikipedia-ヴァイキング-

スウェーデン

スウェーデンのヴァイキングは、しばしばスヴェア人と呼ばれる。北方ドイツやフィンランド、東スラヴ地域へも進出した。東スラヴの地へ初期の進出は、8世紀後半から9世紀半ばにかけてあったとされる都市国家群のルーシ・カガン国の建国であった(国家群の民族構成には、ノース人の他、バルト人スラヴ人フィン人テュルク系民族も含まれている)。

彼らはフランク王国の「サンベルタン年代記」などでノース人、あるいはスウェーデン人であったと伝えられている。

ノルマン人がルーシ国家の創設に深く関わっていたのは事実である。さらに、リガ湾フィンランド湾に流れ込む河川を遡り、9世紀にはバルト海黒海を結ぶ陸上ルートを支配するようになった。彼らは東ローマ帝国の都コンスタンティノープルにまで姿を現している(839年頃)。

このルートは直接イスラム世界へとつながるものであり、フランク王国経由ルートにかわりこのバルト海ルートが一時スカンディナヴィアと東方世界とをつないでいた。

伝説的な要素も含む『原初年代記』によれば、882年にはドニエプル川を南下し、リューリクの息子イーゴリが、オレグを後見人にキエフ大公国を建国。

彼らはヴァリャーグと呼ばれる。

ルーシ・カガン国・・・?

ルーシで連想できるのは、ワンピースのルフィが剣闘士として、ドレスローザで開催された闘技大会に偽名で出場した際の名前です。

※出で立ちがヴァイキング。ワンピースは所々、シンボルを盛り込んできます。ワンピースの作者は、世界の構造を抑えているのか?ワンピースがあれ程人気なのは魂の記憶の奥底に眠る物語に触れているからなのかもしれません。そして、この事はBABYMETALにも言えます。

ルーシ・カガン国。抑えておいた方が良さそうですね。

Wikipedia-ルーシ・カガン国-

ルーシ・カガン国(ルーシ・カガンこく、ルーシ・ハン国、ルーシ汗国とも)とは、8世紀後半から9世紀の半ばにかけて、現在のロシア北部にあったとされる国家または都市国家群であるリューリク朝キエフ・ルーシの前身となった国であり、ルーシと呼ばれた人々(少なくともその一部はスウェーデンから来たノース人ヴァリャーグと呼ばれていた)によって建国され、ノース人の他バルト人スラヴ人フィン人テュルク系民族などで構成されていた。なお当時この地域は、ヴァリャーグ達にとってスカンディナビア東部への侵出、交易海賊行為の拠点でもあった

ルーシ・カガン国の時代は、民族としてのルーシの始まりとなった時代でもあり、その後継国にはキエフ・ルーシや現在のロシアベラルーシウクライナなどに発展した後代の国々が含まれる。

ルーシ・カガン国がロシア、ベラルーシ、ウクライナのルーツ?

リューリク朝がロシアの起源?

ロシアの起源リューリク朝

Wikipedia-リューリク朝-

リューリク朝は、リューリクを高祖とする公家で、9世紀から16世紀半ばにかけてキエフ大公国ハールィチ・ヴォルィーニ大公国モスクワ大公国などの東欧諸国を統治した君主の公朝である。

概要

伝説によると、リューリク朝の創立者はリューリクというノルマン人の長である。ロシアの諸族は互いに争って秩序がなかったため八六二年ヴァリャーグのルーシに使者を送り、彼らを統治してくれるように頼んだ。これに応じてリューリク以下三人の兄弟がロシアに来て、ロシアを治めた。

※ヴァリャーグとは、スウェーデン系ヴァイキングの事。リューリク朝を現代の方向へ辿って行くと、ロマノフ朝(日露戦争で日本と対峙したロシアの王朝)へ辿り着きます。

9世紀半ばのヴァリャーグ/ルーシの居住地域(赤字)とスラヴ民族の所在地(灰色字)。(青線)はハザールの影響下にあった地域。

Wikipedia-ルーシ・カガン国-

起源

「ルーシ」とつく言葉にはよく論争が巻き起こるが、ルーシのカガンはどのような人々であったか、その出自についても多くの議論がある。スカンジナビア人、土着のスラヴ人またはフィン人もしくはそうした人々の混血であったかもしれない。

オメリヤン・プリツァクは、ハザール・カガン国のトゥバン・デュグヴィという名のハーンが、ハザール人の一部族カバールenの起こした反乱に敗れ、従者と共にサラスコエ・ゴロジシチェへと移住し、そこでスカンジナビアの王族の娘と結婚して後のルーシ・カガンの王朝の始祖となったという仮説を立てた

ザッカーマンは、プリツァクの仮説を受け入れ難いものとして退け、同年代の資料にはハザールからルーシに避難したカガン(ハーン)がいたことは記されていないとした。

にもかかわらずそれでもなお、ハザールと初期ルーシ王朝との間に何らかの関連性があった可能性がある。

スヴャトスラフ1世など後代のキエフ・ルーシの大公が使用した三叉戟の紋章とよく似た紋章がハザールの遺跡とされる場所から発見されている。

9世紀のルーシのカガン達と後のリューリク朝の支配者達との系統関係は、関係があるかどうかも含めて、不明である。

ルーシがカガンの称号をハザールから借用したことは多くの歴史家が認めるところである。だが、どういった事情・状況で借用したかについてはかなりの議論がある。

当時の記録された資料が乏しく、ハッキリとは断定できないのですが、『ルーシ・カガン国』と『ハザール・カガン国』とは密接な関係があるようですね。

ハザールとアシュケナージ・ユダヤ人

そして『ハザール・カガン国』が、アシュケナージ・ユダヤ人の祖国であると説いているのが一般的な陰謀論です。

Wikipedia-ハザール・カガン国-

ハザールは、7世紀から10世紀にかけてカスピ海の北からコーカサス黒海沿いに栄えた遊牧民族およびその国家。支配者層はテュルク系民族と推測されている。交易活動を通じて繁栄した。日本語ではハザルハザリアホザールあるいはカザールと表記されることもある。

ハザールとユダヤ

ハザールのユダヤ教受容は非常に有名であるが、改宗に関する史料は少なく、その時期と実態は謎に包まれており、さまざまな論争を呼んでいる。

経済

9世紀以降ノルマン人の活動が盛んになり、バルト海からカスピ海北岸にかけて交易活動(ヴォルガ交易路)で活躍した。当時のカスピ海は、イスラム側からは「ハザルの海」と称されていた。ノルマン人は北欧ロシアから毛皮奴隷などをもたらした。ハザルは、魚のゼラチンを輸出した。その他、ユダヤ商人、ムスリム商人など様々な商人が訪れたことで、各地の商業ネットワークが結びついていた。南のカスピ海や黒海から、北のバルト海や北欧へと、ヴォルガ川やドニエプル川ネヴァ川ダウガヴァ川で結ぶ内陸水路による交易路を、「ヴァリャーグからギリシャへの道」と呼ぶ。

「アシュケナジム・ハザール起源説」について

中世西ヨーロッパのユダヤ人口は数万人に過ぎなかったのに17世紀東欧のユダヤ人口が数十万あったことは西方からの移民では説明できない、などの傍証から、今日ユダヤ教徒の大半を占めるアシュケナジムは、このハザール系ユダヤ教徒の子孫であるという説(つまりパレスチナに住んでいたユダヤ人の子孫ではなく、ハザール人やスラブ人の子孫であるという説)がある。

アシュケナジム=アシュケナージ・ユダヤ人とは、ロスチャイルドやロックフェラーなどの金融ユダヤ人や、ブロンフマンに代表されるシオニストの事を指します。

そして彼等が世界を支配しているとするのが一般的な陰謀論です。

また陰謀論では、アシュケナージ・ユダヤは、8世紀にイスラエル十二支族と関連のない『ハザール・カガン国』がユダヤ教に集団改宗した事がその出自であり、偽物のユダヤ人『偽ユダヤ』であると説いています。

参考:本当のユダヤ人と偽ユダヤ人 2/2 ※現在のユダヤ人の90%はハザール人

しかし、ハザールのユダヤ教改宗に関する史料は少なく、その時期と実態は謎に包まれており、さまざまな論争を呼んでいることから、『アシュケナージ・ユダヤ=偽ユダヤ』という結論は多少、勇み足な気がします。

アシュケナージ・ユダヤの起源を求めて

ここで『名無し先生』のお話しを紹介します。

※名無し先生は、本当にその世界の一線(プロの諜報組織の人?日本の天皇家とも密接に関係がある様子)でご活躍されている方のようで情報の質が他のネットで語られるものとは雲泥の差があります。

ハンガリー、ルーマニア、ボヘミア、チェコ、ポーランド

『ジプシーのタロット占い』『不老不死』『錬金術』など、ちょっとオカルティックだが秘められた物を感じる世界。 ユダヤ人と呼ばれる人々には、こうした魅力が絶えず共存して来たようです。

これと同様の神秘性を絶えず人々に与えてやまないのが、古代エジプトより伝わる魔術。 実は、これらの要素を繋ぐ事件が『ハザール人の集団改宗』、俗にアシュケナージ・ユダヤと呼ばれる人々の出現です。

聖書ではモーセに率いられて『出エジプト』後、カナン定住、南北イスラエルに分裂後、北側は行方知れず。

実は彼らが散り々に移動する際、陸路で移動した者と、別勢力に寄生して移動した者に分かれました。

別勢力とはハム系カナン人シドン族のフェニキア人、海洋族です。 彼らも又、スウェーデン南部を本拠地とするヤぺテ系と行動を共にしていた集団の様です。

要するに、この段階で白人種と混血が進んでいたイスラエル人が、フェニキア人として地中海に散って行った訳です。

その中で、ユダヤ人(イスラエル人)に対して寛大であった、スペイン、ポルトガルに集まった人々がいた。その後のスペイン王国の情勢変化に伴い、ハンガリー、ルーマニア、ボヘミア、チェコ等へ移動していた。

当時これらの国は明確に国家として確立されておらず、有力領主が認めれば自由があったからです。 このプロセスでも、イスラエル人の白人との混血は、より進んでいた訳です。

当時これらの地域では、神聖ローマ帝国皇帝側とローマ教皇側どちらから王冠を授与されるか派閥が分かれていました。

ヴェルフ家が暗虐し、ヘッセン家と婚姻しバトンを渡して行く時代です。

ヴェルフ家のオカルト術も有名で、タクシス家やサンジェルマン伯爵等に受け継がれて行きました。 これら地域の騎士たちは、スラブ語由来の「ヴィテーズ」と呼ばれ、 王は教皇派に立ち神聖ローマ帝国の一部となるのを防いでいました。

こうした動きの中心地、ルーマニアのトランシルヴァニア地方で 教皇から認知された小さな王家が、サン・ジェルマン伯爵の出自と云う訳です。

英国ロック・グループ=クイーンが作ったボヘミアン・ラブソディー(狂奏曲)という曲等は、 当時の教皇派Vs皇帝派の戦時下のこの地域の混沌を物語っているように感じます。

アシュケナージ・ユダヤとは、この時代に十字軍から逃れ、これら地域に移住した者たちが実は大半を占めていたのです。

つまり、ハザール起源であるという話は、正確ではなく、リンゴの現産地の白人が突然集団改宗した訳ではありません。

引用元:【サン・ジェルマン伯爵〜ヘッセンの東方聖堂騎士団=テンプル騎士団(OTO)〜アレイスター・クロウリーの黒魔術】

名無し先生の話によれば、アシュケナージ・ユダヤのルーツとは、ハザールがユダヤ教に突然、集団改宗したのが起源ではないという事です。

ただ、この話しだけではまだ見えてこないので、私なりに噛み砕いてみたいと思います。

古代イスラエルの民(ユダヤ人)は、ある時期に奴隷としてエジプトにいました。

そして、モーセに率いられてエジプトを脱出(出エジプト記)。

モーセが「海ぱっかーん」とさせた話は有名ですね。

『出エジプト』後、カナンに定住し、カナンの地でサウル王がイスラエル王国を建国。ダビデ王ソロモン王の時代に栄華を極め、その後、南北イスラエルに分裂。アッシリア帝国の侵攻で北イスラエルの十支族は行方知れずになっています(イスラエルの失われた十支族)。

※十支族とはルベン族、シメオン族、ダン族、ナフタリ族、ガド族、アシェル族、イッサカル族、ゼブルン族、マナセ族、エフライム族です。

この十支族の一部が陸路で東に向かった者と、海路で西に向かった者とで別れました。紀元前720年頃です。

海路で西に向かった者は、ハム系カナン人シドン族のフェニキア人の海洋族に入り込んでいます。

フェニキア人は当時、地中海を支配していました。

黄色がフェニキア人の植民都市

カディスは、イベリア半島のスペインにあるフェニキア人による地中海沿岸部の植民都市の一つです。

北イスラエルの十支族は、フェニキア人に同行して地中海へ向かい、カディスを通じてイベリア半島のスペイン、ポルトガルへ移住していったのでしょう。

さらに北イスラエルの十支族は、フェニキア人と共にイベリア半島のジブラルタル海峡を越え北進。イギリスとフランスの間のドーバー海峡を通過し、北海へ至ります。

北海を東方へ進むとそこにユトランド半島のデンマークがあり、目と鼻の先にスウェーデン南部のスコーネがあります。

ここはヴァイキングの拠点です。

ユトランド半島をさらに東へ進むとバルト海となります。

バルト海は、ヨーロッパ大陸とスカンディナビア半島に囲まれた海域で、ユーラシア大陸に囲まれた海域と呼ばれたり、北ヨーロッパに位置する地中海と呼ばれたり、地中海と同様に交易上とても重要な海域です。

そして、ヴァイキングはバルト海の覇者でした。

ヴァイキングとは、ノルマン人北方系ゲルマン人、ヤぺテ系、白人種)のことです。

当時(紀元前700年頃)、フェニキア人と北方系ゲルマン人(ノルマン人の祖先)は交流を深めており、バルト海と地中海を挟み、海洋族としてヨーロッパに一大勢力を築いていました。

私は、この勢力を『海の民』であると仮説を立てています。

※『海の民』は、ミケーネ文明(ギリシャ)を崩壊させたり、ヒッタイトを殲滅したり、エジプト王朝に大打撃を食らわせるなど当時、最強だったようです。

フェニキア人も北方系ゲルマン人と混血を重ね白人化していったと思いますが、これらの勢力に入り込んだ北イスラエルの十支族も同様に混血を重ね白人化していったのだと思います。

で、デンマーク系ヴァイキングであるデーン人は、ダン族の名称が転訛したという説もあります。

ダン族はイスラエル十支族の一つ。ダン族の有名人として、ペリシテ人を粉砕したサムソンがいます。また、ダン族の特徴は「己の民を裁く。マムシのような狡猾さ。」だそうです。(怖っ!)

また、スウェーデン系ヴァイキングのスウェード人(スヴェア人)のルーツは、エフライム族であるという説もあります。

エフライム族もイスラエル十支族の一つです。エフライム族の有名人として、『出エジプト』後にカナンを侵攻した際の指導者であるヨシュアがいます(けっこう残虐)。日ユ同祖論では面白いことにエフライム族は、天皇家のルーツであるとしています(天皇家はエフライム族)。また、エフライム族の特徴は「国々の民をことごとく突き倒していく進出力。」だそうです。(怖っ!)

参考:古代イスラエル王国とイスラエル12支族の歴史

ヴァイキングの正体

700年頃、ヴァイキングが活動を開始する。「ヴァイキング」とは「ボイイ族の王」を意味すると考えられるが、彼らの活動を促した事象とは何だろうか?その動機は2つあると考えられる。第一にリディア人(シェルデン人)の後裔サリー族が建国した「メロヴィング朝フランク王国」のヨーロッパに於ける隆盛。第二にテオティワカン支配を経由したスーシェン人(ジルシン族)、箕子(ケ族)が西方からスコットランドに帰還して「ピクト人」を形成したことが挙げられる。彼らは、祖を同じくする「アルスター人」に古代メキシコ・ユカタン半島の存在を伝えたのだ。代々守ってきた偉大なる先祖「ハム族」の土地「アメリカ大陸」の存在が「敵」に知られてしまった。これはフェニキア人にとってはこの上ない衝撃だった。

ボイイ族(ポエニ人)、フィン人(フィンランドのフェニキア人)、アングル人(ガンジスのフェニキア人)、パッラヴァ人(ペルシアのフェニキア人)、スウェード人(エフライム族)、ルス人はすぐさま連合し、フランク王国破壊、ハム族の故地ユカタン・メキシコ奪還を念頭に水軍を組織した。これがいわゆる「ヴァイキング」である。

「スウェード人」は、BC701年のアッシリア帝国侵攻を機にフェニキア人の船団に同行した「エフライム族」が「太陽神スヴェントヴィト」を祀った時に形成したエフライム族の後裔氏族である。

デーン人の対応

BC701年頃、アッシリア帝国の侵攻を機にフェニキア人の船団に同行してスコーネに拠点を得たダン族は「ダン」が転訛した「デーン」を称した。

引用元:ポエニ人の歴史② 北欧のフェニキア人 ※ポエニ人=フェニキア人です。

※ただ、上記の情報の裏どりができていません。あくまで仮説として扱いたいと思います。

北イスラエルの十支族は、デーン人となってノルマン人と共にヴァイキングとしてスカンジナヴィア半島の西方へ進み、ノルマン朝(イングランド)、ノルマンディー公国(フランス北部)、シチリア王国(イタリア南部)を建国。

このルートには途中、イベリア半島のジブラルタル海峡を通過する為、白人化した北イスラエルの民はイベリア半島(スペイン、ポルトガル)に住む北スラエルの民と交わり、そこでも白人化していったものと思われます。

一方、スウェード人となった北イスラエルの十支族は、ノルマン人と共にヴァイキングとしてスカンジナヴィア半島の東方へ進み、ロシア、ウクライナのルーツであるルーシ・カガン国(ロシア)を建国。

ここから、スウェード人のルートに焦点を当てます。

ヴァリャーグからギリシャへの道は、北のバルト海のスカンディナヴィア半島(ノルウェー、スウェーデン)から始まり、ロシアに流れるヴォルガ川ドニエプル川ネヴァ川ダウガヴァ川で結ぶ内陸水路に沿ってルーシ(ロシア)を縦断。

南東のカスピ海へ流れるヴォルガ川を通じてハザールに至り、南西は黒海を通じて東ローマ帝国(トルコ、ギリシャ)へと至ります。

白人化した北イスラエルの十支族は、ヴァイキングとして、ヴァリャーグからギリシャへの道によって、北欧、東欧、ロシア、西アジア(ハザール含む)へ至る広大な範囲で活動しています。

その後、ロシア、西アジア(ハザール含む)に拠点を築いていた北イスラエルの十支族は、チンギス・ハーンモンゴル帝国の台頭により13世紀頃、東欧へ追いやられています。

そして、1492年にレコンキスタを成し遂げたスペインにより、ユダヤ教徒追放令が施行され、ユダヤ人は強制退去させられています。

ヴェルフ家が暗虐し、ヘッセン家と婚姻しバトンを渡して行く時代は西暦1500年代です。

スペインにいた北イスラエルの十支族(ユダヤ人)には、同胞が東欧にいることが伝わっていたのではないでしょうか。

これを頼りに迫害されたスペインのユダヤ人は、東欧(ハンガリー、ルーマニア、ボヘミア、チェコ、ポーランド)へ移住していったものと考えられます。

これらを踏まえると、アシュケナジー・ユダヤとは、リンゴの原産地(コーカサス地方、ハザール・カガン国)の白人が突然ユダヤ教に改宗し、東欧に移動してきた者という説は無理があるように感じます。

それよりもアシュケナジー・ユダヤとは、

  1. 北イスラエルの十支族がヴァイキングとして東欧に侵入してきた者
  2. ロシア、西アジアにヴァイキングとして拠点を築いていた者がモンゴル帝国によって東欧へ押しやられた者
  3. スペインから強制退去させられたユダヤ人が東欧に移住してき者

であるという説の方がスマートに感じます。

つまり、ヨーロッパにおけるユダヤ人は偽ユダヤでなく、本物のユダヤ人であるということです。

また、東欧に入ったアシュケナージ・ユダヤ人は、「ヴィテーズ」と呼ばれ、 教皇派としてハンガリー、ルーマニア、ボヘミア、チェコ、ポーランドの地域が神聖ローマ帝国の一部となるのを防いでいました。

その中心地が、ルーマニアのトランシルヴァニア地方で教皇から認知された小さな王家が、薔薇十字団のサン・ジェルマン伯爵の出自ということなのでしょう。

すなわち、サン・ジェルマン伯爵はアシュケナージ・ユダヤであると言う事。ヘッセンはサン・ジェルマン伯爵をオカルト師匠として召し抱えています。

詳しくはこちら

で、教皇派(ゲルフ=ヴェルフ)がヘッセンに繋がっていきます。

ヴェルフ家や教皇派と皇帝派叙任権闘争十字軍の話を抑えれば、12世紀〜16世紀のヨーロッパの歴史を抑えることができますが、この話をし出すと終わらなくなってしまう為、別の機会で語りたいと思います。

ボヘミアン・ラプソディ

そして、名無し先生の語るクイーンのボヘミアン・ラプソディ

ボヘミアンとは、世間に背を向け、伝統や習慣にこだわらない自由奔放な生活をしている人達の事を指します。

また、ボヘミアンは歴史的に見れば、ボヘミア(チェコ)に居住する人々のことで、西スラブ人に分類される民族集団のことであり、そのルーツがロマです。

ロマとは、北インド起源の移動型民族の事で、移動生活者、放浪者として知られ『ジプシー(現在では差別用語で放送禁止用語だそうです)』とも呼ばれています。ロマは11世紀頃に中東欧のハンガリー、ルーマニア、ボヘミアやバルカン半島のギリシャへ移動し、そこで定住しています。

北イスラエル十支族がヴァイキングとして辿った時代と道のりが重なりますね。

ボヘミアン・ラプソディ

Is this the real life? これは現実なのか
Is this just fantasy? それともただの幻か
Caught in a landslide まるで地滑りに遭ったようだ
No escape from reality 現実から逃れることは出来ない
Open your eyes 目を開いて
Look up to the skies and see 空を仰ぎ見るがいい
I’m just a poor boy, I need no sympathy 僕は哀れな男 だが同情は要らない
Because I’m easy come, easy go いつでも気ままに流離(さすら)ってきたから
A little high, little low いいこともあれば 悪いこともある
Anyway the wind blows, doesn’t really matter to me, to me どっちにしたって 風は吹くのさ僕にはたいしたことじゃない

Mama, just killed a man ママ たった今、人を殺してきた
Put a gun against his head あいつの頭に銃口を突きつけて
Pulled my trigger, now he’s dead 引き金を引いたらやつは死んだよ
Mama, life had just begun ママ 人生は始まったばかりなのに
But now I’ve gone and thrown it all away 僕はもう駄目にしてしまった
Mama, ooo ママ ああ ママ
Didn’t mean to make you cry ママを泣かせるつもりじゃなかったんだけど
If I’m not back again this time tomorrow 明日の今頃になって 僕が戻らなくても
Carry on, carry on, as if nothing really matters 今のままで生きていって、まるで何事も無かったかのように

Too late, my time has come もう遅すぎる 僕の最期が来た
Sends shivers down my spine 体中を震えが走る
Body’s aching all the time 体中が苦痛に責めたてられる
Goodbye everybody – I’ve got to go さようなら みなさん 僕はもう行かなくては
Gotta leave you all behind and face the truth あなた方の元を離れ 真実と向かい合う時だ
Mama, ooo – (anyway the wind blows) ママ ああ ママ
I don’t want to die 僕は死にたくないよ
I sometimes wish I’d never been born at all 時々 考えてしまうよ、いっそのこと生まれてこなきゃよかった

I see a little silhouetto of a man 1人の男のシルエットが小さく映る
Scaramouch, scaramouch will you do the fandango スカラムーシュ 道化の者よ ファンダンゴを踊っておくれ
Thunderbolt and lightning – very very frightening me 雷鳴と稲妻 ーとても恐ろしい
Gallileo, Gallileo, ガリレオ ガリレオ
Gallileo, Gallileo, ガリレオ ガリレオ
Gallileo Figaro – magnifico ガリレオ フィガロ ー貴き人よ

But I’m just a poor boy and nobody loves me
He’s just a poor boy from a poor family
Spare him his life from this monstrosity 彼は貧しい生まれの哀れな男この怪奇な運命から命を救ってやろう
Easy come easy go – will you let me go 気ままな人生を送ってきたんだ 僕を逃がして
Bismillah! No – we will not let you go – let him go 「神に誓って お前を逃がしはしない」 ー彼を逃がしてやろう
Bismillah! We will not let you go – let him go 「神に誓って 逃がしはしない」ー彼を逃がしてやれ
Bismillah! We will not let you go – let me go 「神に誓って 逃がすわけにはいかない」 ー彼を逃がしてやれ
Will not let you go – let me go (never) 「いや 逃がさない」 ー僕を助けて
Never let you go – let me go 「いや絶対にダメだ」 ー助けて
Never let me go – ooo
No, no, no, no, no, no, no - ノーノーノーノーノーノー
Oh mama mia, mama mia, mama mia let me go ママ ママ 愛するママ 僕を助けて
Beelzebub has a devil put aside for me 魔の王ベルゼブブよ 僕から悪魔を取り除いてくれ
for me 僕の為に、
for me 僕の為に

So you think you can stone me and spit in my eye それじゃ 僕に石をぶつけ顔につばを吐きかけようと思ってるんだな
So you think you can love me and leave me to die 僕を見殺しにしてそれでも僕を愛していると言うつもりか
Oh baby – can’t do this to me baby ああ 君がそんな仕打ちをするなんて
Just gotta get out – just gotta get right outta here すぐに逃げ出さなくては、今すぐ ここから逃げ出さなくては

Ooh yeah, ooh yeah
Nothing really matters 何もたいしたこと無い
Anyone can see 誰もが知ってることさ
Nothing really matters – nothing really matters to me たいしたことじゃない本当に僕にはたいしたことじゃないさ

Anyway the wind blows… どっちみち 風は吹くのさ

引用元:[QUEEN クイーン 歌詞 日本語]ボヘミアン・ラプソディ

導入部の

『いつでも気ままに流離(さすら)ってきたから。どっちにしたって 風は吹くのさ僕にはたいしたことじゃない』

は、刹那的な心情を語っています。刹那を気ままに生きる。これがボヘミアンの特徴です。

このボヘミアンの素の感情を、コーラスとフレディーのアカペラで素のまま歌いあげています。

そして、バラード調に転換し、

『人を殺した。駄目になってしまった。僕の最期が来た。体中を震えが走る。体中が苦痛に責めたてられる。ママ ああ ママ。僕は死にたくないよ。』

と、急に切迫した状況に追い込まれます。

そして、

『ガリレオ フィガロ』

と今度はオペラ調に転換します。

※ガリレオは啓蒙主義を象徴する人物です。フィガロは『フィガロの結婚』、封建貴族を痛烈に批判しています。

このボヘミアン・ラプソディを創ったのが、フレディ・マーキュリーです。

彼の生い立ちを見ると、その背景に流れる風景は、ボヘミアン・ラプソディそのものであるように感じます。

世間に背を向け、伝統や習慣にこだわらない自由奔放な精神のボヘミアン。そして、ボヘミアン・ラプソディの精神はボヘミアンの歴史と重なり合う所があります。

フレディ・マーキュリーは、遠い昔に異教徒に故郷を追われたペルシャ系インド人の子息です。

そして、フレディ・マーキュリー自身も、生まれた所(アフリカのザンジバル)で革命が起こり、彼と彼の家族はイギリスへ追いやられています。

北イスラエルの十支族であるユダヤ人もアッシリアによってイスラエルの地を追われています。

そして、最終的にハンガリー、ルーマニア、ボヘミア、チェコ、ポーランドへ移住した。

”当時の教皇派Vs皇帝派の戦時下のこの地域”

「当時」とは、15〜16世紀頃のことでしょう。

「この地域」とは、ハンガリー、ルーマニア、ボヘミアの東欧のことでしょう。

そして、ボヘミアン・ラプソディの主人公とは、ロマ(ジプシー)であり、ヴァイキングであり、そのルーツにイスラエルを追われたイスラエルの十支族のユダヤ人なのではないでしょうか。

この故郷を追われたユダヤ人と、フレディ・マーキュリー自身の生い立ちと、これらの心境を重ね合わせ、歌いあげたものがボヘミアン・ラプソディなのだと思います。

参考:【音楽】 Queen “Bohemian Rhapsody” とボヘミアンの “他人事感”(「英語とつきあう」より)

なんとも言えない刹那感。

クイーンのボヘミアン・ラプソディを聞くと故郷を追われた古代イスラエルの民(ユダヤ)の深層心理に触れる気分になります。

コーラスを交えたアカペラに始まり、哀切なバラードを挟んで、コミカルなオペラが入りこみ、最終的にハードロックへメドレーを展開します。

ジャンルはノージャンル。自由きままなボヘミアン精神。ノーテンキな自分がナンバーワンと言いたい所ですが、どこかもの哀しさが漂う。

伝統的なオペラをパロディにしてしまうクイーンの手法は当時、「ロックなのに曲構成が複雑で、サウンドに小細工が多い」と、多くの批判にさらされていました。

しかし、このボヘミアン・ラプソディは全英9週連続1位の大ヒットを記録。その実力で、批判の声をねじ伏せています。

批判の声をねじ伏せていく様はBABYMETAL現象においても見られます。

フレディ・マーキュリーは親日家です。また、敬虔なゾロアスター教信者でもあります。

APOCALYPSE(アポカリプス、黙示録)の終末論の起源はゾロアスター教です。

※ゾロアスター教に由来するミトラス教において、ペルシャ人を守護する星が水星「マーキュリー」です。フレディー・マーキュリーの「マーキュリー」はここからとったとの説があります。ちなみにゲルマン人の思想でも北欧神話の神オーディンが水星と水曜日を司るという考えがあります。

BABYMETALの『APOCALYPSE(アポカリプス、黙示録)』と、フレディ・マーキュリーのボヘミアンから通じる古代イスラエルの民、そしてゾロアスターとミトラス。

キツネ様は「此岸(この世)」と「彼岸(あの世)」を司る神様。

何か深い所でこれらの魂が繋がっているのかもしれません。

生前のフレディ・マーキュリーがBABYMETALを見たら何を感じたでしょうか?

※クイーンのギタリスト、ブライアン・メイとのずっ友写真。

ここにフレディ・マーキュリーが一緒にいるとしたら?妄想が尽きません。

まさか、コルセットの話から北欧神話、ヴァイキング、アシュケナージ・ユダヤ、ボヘミアン・ラプソディ、フレディ・マーキュリーに行き着くとは思いもしませんでした。

(キツネ様のお導き恐るべし!)

今回はだいぶ長くなってしまいました。ここまでお読み頂きありがとうございました。

それでは。また。

おち

※アイキャッチ画像は、くろもり @crmo2018 さんの作品です。お借りさせて頂きました。

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