メタルレジスタンス 五月革命-FINAL BATTLE-イルミナティ奥の院 ヘッセン【後編】

メタルレジスタンス 五月革命-FINAL BATTLE-イルミナティ奥の院 ヘッセン【後編】

こんにちは。おちです。

前回は、 メタルレジスタンス 五月革命-FINAL BATTLE-イルミナティ奥の院 ヘッセン【前編】 でヘッセンの血流をトレースしていきました。

その中でヘッセンは、イギリス、ドイツ、オランダ、ベルギー、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ギリシャ、ロシアの王室であることが分かりました。

特にイギリスのエリザベス女王の夫、フィリップ(エジンバラ公)へ繋がり、またその過程でロスチャイルドを使用人に仕立てた所は重要です。(ロスチャイルドのボスがヘッセン=イギリス王室という事です。)

また、2012年にイギリスのロンドンで行われたオリンピックの開会式や閉会式のセレモニーは、東宝聖堂騎士団の儀式でした。東宝聖堂騎士団=イルミナティです。そして根底に流れるのは『薔薇十字団』の思想です。

つまり、イルミナティの本丸がイギリス王室になる訳です。

今回は、その続編です。

このお話しで、イルミナティの創設とフリーメーソンの関係を抑えます。そして、これらをヘッセンが乗っ取る過程を見ていきます。

時代は18世紀のヨーロッパです。

この話をまとめていく過程で、下記に語るものが現代の世界情勢を理解するために重要なポイントになっていることが分かりました。

少し長くなっておりますが、最後までお読み頂ければ幸いです。

では、始めます

フント男爵の夢『ストリクト・オブザーバンツ』

18世紀(1700年〜1800年)初頭、当時のフリーメーソンは秘密結社ではありましたが、石工組合として、自分たちの権利・技術・知識が他の職人に渡らないようにする為のギルド的なものでした。

階級制度もシンプルに「徒弟・職人・親方」といったもので、そこには神秘的なオカルト要素はどこにもありません。

これを実務的フリーメーソンと呼びます。

ところが、1737年のフランス・パリで、騎士のアンドリュー・M・ラムゼイがフリーメイソンの目標は世界を一大共和国となすことで、起源は石工組合ではなく十字軍(テンプル騎士団)であると主張した演説を行いました。

これにより、フリーメイソンにテンプル騎士団伝説というオカルト要素が入り込みました。

そして、このテンプル騎士団は、「徒弟・職人・親方」の上位階級に属するものであるとも説いています。

これがスコティッシュ・ライトの上位階級の起源です。

※このスコティッシュ・ライトの15〜18の階級に『薔薇十字会』が据えられております。主題は『十字伝承、テンプル騎士団、アポクリファ(外典)』です。Wikipedia-フリーメーソン-

陰謀論でフリーメイソンが「ワン・ワールド」を目指す組織とされることがあるのは、ラムゼイの「世界を一大共和国となす」の発言が原因と思われます。

これを思弁的フリーメーソンと呼びます。

そして、これをドイツに持ち込み、広めたのがフント男爵です。

カール・ゴットヘルフ・フォン・フント(Karl Gotthelf von Hund)

フント男爵はドイツのオーバーラウジッツ出身です。当時のドイツはまだ統一されておらず、各諸侯それぞれが領土を所有する乱立した状態でした。

当時(18世紀)のドイツは、反ローマン・カソリックが最高潮の時代。
※ローマン・カソリックの守護者であるハプスブルク家は八十年戦争(三十年戦争)で力が削がれ、この時代ではローマ皇帝を名乗りながらも、その力はその他諸侯と大差はありません。しかし、一諸侯でもその力はまだまだ健在でした。

また、フランスのルソーヴォルテールの啓蒙思想の社会契約論が活発になる時代。

※社会契約論は、封建制度の隷属的人間関係を強く批判し、人間の基本的自由を指摘することから始めて、自由な人間が全員一致の約束によって形成する理想的な国家形態を主張するものです。

そして、新大陸アメリカからは楽園を開拓する風景、民が主役となって国を作り上げる風景、しがらみから解放された自由を謳歌する風景などの報告が続々と届けられています。

反ローマン・カソリックへの反骨心、啓蒙思想、アメリカの憧憬。

これらはフント男爵に、ある夢を強く抱かせることに繋がります。

その夢とは、自分達の国土で自分達の民主主義を打ち立てる憲法によって、独立した貴族国家を実現することです。(立憲君主制

フント男爵はこのミッションを実現するために行動を起こします。

戦略は、この時代に先進的な民主主義の思想や、またカトリックにとって代わる新たな神秘的な要素で人を惹きつけ、その中からミッションに賛同する有力者をある組織に囲い込み、政治的、経済的な支援を得ることです。

神秘的な要素は、テンプル騎士団にまつわる伝説と、スコティッシュ・ライトに対する憧憬の念と、知られざる上位者(影のボス)を利用します。

この知られざる上位者(影のボス)の組織をフリーメイソンの上位階層に作り、そこに有力者を囲い込むのが狙いです。

そして1743年、フント男爵はフリーメイソンの位階制度の上に、神秘的な要素を含んだ真のボス達という謎の組織『ストリクト・オブザーバンツ(厳格戒律派)』を設立します。

※神秘的なオカルトには悪のイメージが付きまといますが、フント男爵の動機は善からのものです。

ドイツでもテンプル騎士団にまつわる伝説と、スコティッシュ・ライトに対する憧憬の念が、一般に広がっており、知られざる上位者(影のボス)がそこには存在しているという、実にロマンティックな概念は、人々の空想的好奇心を刺激しました。

そこに民主主義、社会改革の旗を掲げた魅力が相乗効果として現れ、ドイツ民衆はストリクト・オブザーバンツを熱狂的に支持します。

※影のボスという強力な力を思わせる存在は、ローマン・カソリックに虐げられた現状から救い出してくれるという期待も込められていたことでしょう。

そして、ストリクト・オブザーバンツの評判は高まり、ストリクト・オブザーバンツのメンバーであることが一種のステータスとなり、有力者が続々と集まりました。

ストリクト・オブザーバンツは、ドイツで最も巨大で重要なフリーメイソンの高位階組織となっていきます。

フント男爵の戦略は狙い通りになりました。

このステータスと有力者が集うストリクト・オブザーバンツを掌握することは、すなわち未来のヨーロッパにおいて政治的、経済的な優位性を手にすることに繋がります。

ヨーロッパを支配したいのなら、ぜひともストリクト・オブザーバンツは掌握しておきたいところ。

我田引水(オマエのものはオレのもの)を企む輩が出てくるのは当然でしょう。

ヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデとクニッゲ男爵

ファウストで有名なゲーテの、ストリクト・オブザーバンツ参入儀式の立会人はヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデです。
※『ファウスト』に描かれるファウスト博士は、錬金術や占星術を使う黒魔術師であるとの噂に包まれ、悪魔と契約して最後には魂を奪われ体を四散されたと云う奇怪な伝説、風聞が囁かれていた。

ヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデ(Johann Joachim Christoph Bode)

ボーデは、日雇い兵士の息子としてドイツのブラウンシュヴァイクで生まれました。この貧しい生い立ちが社会改革を目指す精神を培う原点になっていると推測されます。

ボーデは、1761年にハンブルクのイギリス大ロッジ公認の『Absalom zu den drei Nesseln(フリーメイソンの)』に入会します。

そこで、短い期間でマイスターの位にまで達しています。ハンブルクにストリクト・オブザーバンツを導入したのはボーデです。

ボーデは、1766年にストリクト・オブザーバンツで会計主任や、結社内部の秩序維持の役割を担う警察庁の長などの重要な役職へ就いています。

そして、ストリクト・オブザーバンツにはもう一人の重要な人物であるクニッゲ男爵がいます。

アドルフ・クニッゲ(Freiherr Adolf Franz Friedrich Ludwig Knigge)

クニッゲ男爵はヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデの仕事を評価、彼に厳格戒律派執事という名誉階級を授与しています。

ゲーテにストリクト・オブザーバンツへ勧誘したのがクニッゲ男爵です。立会人がボーデです。

又、クニッゲ男爵はその他たくさんの有力者を巧みな話術で会員に誘っています。

※クニッゲ男爵は『人間交際術 (智恵の贈り物)』の著者。森鴎外がこの本に感銘を受けて本を書いたようです。この本の感想をまとめた記事が面白かったです。本の感想)人間交際術 Chikirinの日記

ボーデのストリクト・オブザーバンツにおける上司がクニッゲ男爵です。

このボーデとクニッゲ男爵が、ストリクト・オブザーバンツとイルミナティで重要な役回りをしています。

で、1776年にクニッゲ男爵とボーデはドイツのヴァイマールを訪れていました。(1776年はイルミナティーが設立された年でもあります。)

ゲーテの手引きがあったのでしょう。

ヴァイマールはカール・アウグスト公が収めていました。

カール・アウグスト・フォン・ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ (ドイツ語: Karl August von Sachsen-Weimar-Eisenach)

カール・アウグスト公は知的で啓蒙、進歩的、芸術を愛する女性であった母アンナ・アマーリアに育てられています。

ゲーテはカール・アウグスト公に迎えられ、ヴァイマールに住んでいました。

ヴァイマールのカール・アウグスト公は、ゲーテの提案でクニッゲ男爵を自分の侍従にしています。

これがキッカケとなり、ストリクト・オブザーバンツはヴァイマールの地にてカール・アウグスト公の庇護の元、クニッゲ男爵、ボーデ、ゲーテの活躍によって発展していきます。

そして、ストリクト・オブザーバンツの活動の中心地はヴァイマールとなりました。

1919年に制定されたヴァイマル憲法(第一次世界大戦後のドイツ共和国(ヴァイマル共和国)の憲法。当時世界でもっとも民主主義的な憲法であった。)の下地になるのが、この頃のストリクト・オブザーバンツの活動によるものと思われます。

シュタルクの罠

しかし、クニッゲ男爵とボーデがヴァイマールを訪れた同1776年。ストリクト・オブザーバンツの創始者であるフント男爵が心身の疲労により死去してしまいます。

その要因がシュタルクです。

ヨハン・アウグスト・フォン・シュタルク(Johann August von Starck)

※シュタルクは、ルター派の牧師の息子であり、表向きはプロテスタントに所属しているように振舞っていたが、実はカトリック教徒であることが後に判明する。

この頃のストリクト・オブザーバンツは、シュタルク率いる『テンプル騎士団の聖職者達』という新たな集団が幅を利かせ始めていました。

彼らは1775年のブラウンシュヴァイクの大会でフント男爵に影の上位者を明らかにし、テンプル騎士団系フリーメイソンとしての系譜を明らかにするよう求めました。

そもそも、影の上位者とは本当に影で、実際に存在した訳ではありません。フント男爵はあくまでスコティッシュ・ライトの憧憬を利用したに過ぎません。

よって明確な系譜などなく、フント男爵は、はっきりとした解答をすることができませんでした。

それが原因で信用を失い、シュタルクの度重なる攻勢に、フント男爵は心身を疲弊させ死に至ることになりました。

そして、シュタルクは生前のフント男爵の地位をしのぐ存在となり、ストリクト・オブザーバンツの権力を自らに集中させていきます。

で、彼はストリクト・オブザーバンツの儀礼を全てカトリック化してしまいます。

最終的にシュタルクはストリクト・オブザーバンツをフント男爵の夢であった民主主義に基づく貴族社会の確立を全く望めない組織に変えてしまいました。

ストリクト・オブザーバンツは民主主義を掲げており、従来の封建制度を重要視するカトリックから敵対視されていました。

従って、シュタルクはストリクト・オブザーバンツを解体するためにイエズス会から派遣された者だった可能性が高いと言われています。

※イエズス会はカトリックの軍事組織(現在のCIAやMI5、MI6、モサドのような諜報機関)です。

ストリクト・オブザーバンツからイルミナティへ

シュタルクによって、ストリクト・オブザーバンツは完全に骨抜きとなり、政治的な影響力も失われていきます。それをボーデもクニッゲ男爵もよく分かっていました。

そこでボーデとクニッゲ男爵は、今にも空中分解しそうなストリクト・オブザーバンツを、生まれたてのイルミナティへ接木することを計画します。

フント男爵がこの世を去ったのと同じ年の1776年にアダム・ヴァイスハウプトはイルミナティを設立しています。

イルミナティの思想は啓蒙思想の光で照らされること(蒙(くら)きを啓(あき)らむ)です。

「lumen naturale(自然の光)」は超自然的な偏見を取り払い、人間本来の理性の自立を促すという意味となります。
※「超自然的な偏見」とは、現在の自然科学では説明できない“超常現象”のようなことを、(合理的・科学的に説明しようとするならよいが、そうでないのに)闇雲に信じてしまうことや、いわゆる迷信を指します。

現在のイルミナティは悪魔的なイメージで覆われていますが、元々は純粋に啓蒙思想を追及するためにヴァイスハウプトが立ち上げたもの(勉強会のようなもの)です。

1780年にクニッゲ男爵はイルミナティへ加入しています。また、クニッゲ男爵はボーデをイルミナティへ誘っています。

ボーデの核となる精神は社会改革を実現すること、その根底に流れるものは革命(レジスタンス)思考。

当時のローマン・カソリックによる絶対主義から立憲君主制、さらにはそこから共和制へと発展させることを己の使命と課していました。

共和制とは、「人民の人民による人民のための政治」。つまり民主主義です。

ボーデは、イルミナティの理性を重んじる精神に同調し、イルミナティの啓蒙思想活動に傾倒していきました。

これ以降、イルミナティはクニッゲ男爵とボーデによる広報活動によってドイツ全土の領域に広がりつつありました。

と、同時にストリクト・オブザーバンツの会員もイルミナティへ流れていきます。

クニッゲ男爵は、ストリクト・オブザーバンツで成功していたテンプル騎士団起源説と未知の上位者の概念をイルミナティにも導入します。

イルミナティの実質的な推進者はボーデとクニッゲ男爵でした。

当初のイルミナティは善なるものです。

しかし、それを我田引水(オマエのものはオレのもの)を企む者が利用し、本来の姿とは180度変えてしまいます。

それが行なわれたのが1782年のヴィヘルムスバート会議です。

ヴィヘルムスバート会議

この会議の出席者にボーデと、カール・フォン・ヘッセン・カッセル方伯(1744年-1836年)がいます。

カール・フォン・ヘッセン=カッセル(Karl von Hessen-Kassel)

カール・フォン・ヘッセン・カッセル方伯は、フリードリヒ2世 (ヘッセン=カッセル方伯)(1720年-1785年)の息子でヴィルヘルム9世(ヘッセン=カッセル方伯)(1743年-1821年)の弟です。

※フリードリヒ2世は、1775年にアメリカ独立戦争が勃発するとイギリスとの間に傭兵提供条約を結び、これによって莫大な収益をあげています。

※ヴィルヘルム9世は、フリードリヒ2世の莫大な資産を引き継いでいます。また、ロスチャイルド家の祖であるマイアー・アムシェル・ロートシルトと1775年に知己を得、1801年から彼に資産の運用を任せるようになりました。

※カール・フォン・ヘッセン・カッセル方伯は、「アジア秘儀入門騎士兄弟会」のグランドマスター。ドイツフリーメイソンのNo.2の立場にありました。不老不死の謎の人物サン・ジェルマン伯爵はこの運動の一員で、事実、サン・ジェルマン伯爵は1778年からカール方伯のもとに移り住み、カール方伯は伯爵の弟子となり後援者となりました。「アジア秘儀入門騎士兄弟会」は、黄金薔薇十字団の後継組織です。

ヴィヘルムスバート会議では、ストリクト・オブザーバンツのテンプル騎士団起源説と未知の上位者が否定される最終動議が採決されました。

そして、イルミナティに恵みを授けること。莫大な資産を保有するヘッセン=カッセルの実力者であるカール・フォン・ヘッセン・カッセル方伯がイルミナティに加入することが決まりました。

又、当時のストリクト・オブザーバンツの中心地はヴァイマールでしたが、これに抗議したのがカール・フォン・ヘッセン・カッセル方伯です。

この抗議により、ストリクト・オブザーバンツはヴァイマールでの活動が認められなくなってしまいました。

これが決定打となり、ヴァイマールで育まれたフント男爵のストリクト・オブザーバンツの機能は失われました。

既にストリクト・オブザーバンツの人脈はボーデとクニッゲ男爵の働きにより、イルミナティへ流れていました。

テンプル騎士団起源説と未知の上位者の形式もイルミナティに引き継がれています。

イルミナティの実質的な推進者はボーデです。そして、ボーデの上司がクニッゲ男爵です。

実はこのクニッゲ男爵、ヴィヘルムスバート会議から遡ること11年前のヴァイマールで仕える以前の1771年に、ヘッセン・カッセル方伯の侍従並びに有事および内政についての上級公務員の任についています。

そこで、新大陸アメリカとイギリス本国の緊張が高まる中、ヘッセンのイギリスへの傭兵派遣の仕事に携わったりしています。

そして、クニッゲ男爵は兼ねてからフリーメイソンの指導者や黄金薔薇十字団の指導者と頻繁に文通を行なっていました。

このクニッゲ男爵こそが、ヘッセンの指令を受け、ストリクト・オブザーバンツ、イルミナティを掌握するために遣わされた使者でした。

また、ストリクト・オブザーバンツを骨抜きにしたシュタルクは後にヘッセンの下に付いています。

つまりシュタルクは、フント男爵の理想である民主主義をストリクト・オブザーバンツから取り除くために、ヘッセンが送り込んだ刺客なのです。

※教皇から破門されたイエズス会士を、ヘッセン・カッセルが黄金薔薇十字団というメーソン団体で囲い込んでいたようです。

これによりヘッセンは、民主主義なしバージョンのストリクト・オブザーバンツをイルミナティに形を変え、手に入れました。

これが陰謀論などで語られる悪の組織、イルミナティの起源です。

ヘッセンはストリクト・オブザーバンツの旨味である、神秘的なオカルトによる民衆の憧憬と有力者の人脈を手に入れ、これを足掛かりにヨーロッパへ覇を唱えていきます。

そして、ヘッセンのヨーロッパ制覇は、その後のパクス・ブリタニカによる世界制覇に繋がり、その血脈は現代のイギリス王室に引き継がれています。

メタルレジスタンス 五月革命-FINAL BATTLE-イルミナティ奥の院 ヘッセン【前編】 でヘッセンの血流をトレースして頂ければ、婚姻を通じてヨーロッパを制覇していく過程が分かると思います。

参考:ヨハン・ヨアヒム・クリストフ・ボーデと 18世紀のフライマウレライ

※フリーメイソンはドイツではフライマウレライと呼ばれています。

参考:【イルミナティーについて教示いただけませんか?に関して】

この頃、ロスチャイルドは末端の使用人にすぎませんでしたが、その後、クニッゲ男爵は様々な問題が起こり(詳細は不明)ヘッセンから追放されています。

クニッゲ男爵の後釜として、ロスチャイルドが台頭していきました。

そして、1789年にロスチャイルドはヘッセン・カッセル方伯ヴィルヘルム9世(ヘッセン選帝侯ヴィルヘルム1世)の正式な金融機関の一つに指名され、デビューしています。

三十年戦争のキッカケとなった『薔薇十字団』

カール・フォン・ヘッセン・カッセル方伯は、アジア秘儀入門騎士兄弟会のグランドマスターです。

不老不死の謎の人物、サン・ジェルマン伯爵はこの『アジア秘儀入門騎士兄弟会』の一員で、実際にサン・ジェルマン伯爵は1778年からカール方伯のもとに移り住み、カール方伯はサン・ジェルマン伯爵の弟子となり、且つ、後援者となりました。

『アジア秘儀入門騎士兄弟会』は、黄金薔薇十字団の後継組織です。

参考:その10 バラ十字運動とフリーメーソン、エジプトとエッセネ派とテンプル騎士団の起源(後半)

そして、サン・ジェルマン伯爵は自称、薔薇十字団の団員です。

Wikipedia-薔薇十字団-

薔薇十字団(ばらじゅうじだん、独:Rosenkreuzer ローゼンクロイツァー)とは、中世から存在すると言われる秘密結社。公式にはフリーメーソンの第18階級とされている。17世紀初頭のヨーロッパで初めて広く知られるようになった。

1614年、神聖ローマ帝国(ドイツ)のカッセルで刊行された著者不明の怪文書『全世界の普遍的かつ総体的改革』とその付録『友愛団の名声』で初めてその存在が語られ、一気に全ヨーロッパで知られるようになる。

そこには、人類を死や病といった苦しみから永遠に解放する、つまり不老不死の実現のために、120年の間、世界各地で活動を続けてきた「薔薇十字団」という秘密結社の存在や、それを組織した創始者「R・C」あるいは「C・R・C」、「クリスチャン・ローゼンクロイツ」と呼ばれる人物の生涯が克明に記されていた。

1615年、同じくカッセルで、『友愛団の信条』(Confessio Fraternitatis、コンフェッシオ・フラテルニタティス)が出版される。それはドイツ語ではなくラテン語によって書かれ、『友愛団の名声』によって宣言された「教皇制の打破による世界改革」を、さらに強調するものであった。

これらの背景には薔薇すなわちイングランド王家をカトリック、ハプスブルク皇帝家の支配からの救世主として迎え入れようとする大陸諸小国の願望があったという。なお、前述の怪文書の刊行から4年後の1618年にドイツを舞台とした宗教戦争である「三十年戦争」が勃発している。

薔薇十字団の存在はやがて伝説化し、薔薇十字団への入団を希望する者だけでなく、薔薇十字団員に会ったという者が現れるようになる。また、薔薇十字団員を自称するカリオストロやサンジェルマン伯爵などの人物や、薔薇十字団を名乗る団体、薔薇十字団の流れを汲むと自称する団体も現れるようになり、当時の人々を惑わせた。現在でもそのような事例は続いている。

ポイントは、

  • 1614年(三十年戦争の4年前)にカッセル(ヘッセン=カッセル)で怪文書『全世界の普遍的かつ総体的改革』とその付録『友愛団の名声』が刊行された。
  • 「人類を死や病といった苦しみから永遠に解放する、不老不死の実現」のために120年間世界各地で活動を続けてきた秘密結社「薔薇十字団」(オカルト満載)
  • 1615年に同じくカッセルで『友愛団の信条』が出版され、「教皇制の打破による世界改革」が強調された。
  • これらの背景には薔薇すなわちイングランド王家をカトリック、ハプスブルク皇帝家の支配からの救世主として迎え入れようとする大陸諸小国の願望があった。※当時のイングランド王家のテューダー家の紋章は薔薇。
  • 前述の怪文書の刊行から4年後の1618年にドイツを舞台とした宗教戦争である「三十年戦争」が勃発している。

DEATH!!

カール・フォン・ヘッセン・カッセル方伯の生まれる100年前、ヴィルヘルム5世(ヘッセン=カッセル方伯)(1602年-1637年)の妻であるアマーリエ・エリーザベト(1602年-1651年)の時代。

※アマーリエ・エリーザベトはヴェストファーレン条約で第50条以降に記載されている『ヘッセン』に該当する人物。

当時のヨーロッパは相次ぐ戦乱とペスト(黒死病)で、常に『死』がつきまとう時代でした。

その時代に「人類を死や病といった苦しみから永遠に解放する、不老不死の実現」という言葉は、民衆を惹きつけるには十分だったでしょう。

この苦しみの原因を、贖宥状を売りさばくなど神を冒涜する行為に見える腐敗したカトリックの守護者、神聖ローマ帝国のハプスブルク家とし、そして「教皇制の打破による世界改革」を掲げ、大いに煽り、その救世主としてイングランド王家を渇望する。

その結実としての『打倒!ハプスブルク!!』

この『薔薇十字団』の思想が原動力となって、当時のドイツの民衆に熱狂的に受け入れられたことにより、三十年戦争が始まりました。

『薔薇十字団』

これがヘッセン=カッセルの地から発信されたということですから、三十年戦争の黒幕にヘッセンがいたことが伺えます。

又、ヴェストファーレン条約でヘッセンが特権を得たことからも、ヘッセンの巧みな戦略が浮き彫りになってきます。

メタルレジスタンス 五月革命-BATTLE3-八十年戦争【後編】

薔薇十字団

つまり『薔薇十字団』とは、ヘッセンのプロパガンダツールです。

※プロパガンダとは、特定の主義・思想についての(政治的な)宣伝のこと。

で、このツールは今も『イルミナティ』に引き継がれています。

目的は、『イルミナティ』などの陰謀論を使って自作自演や擦り付けを行い、民衆を扇動すること。

※現代で言えば擦り付けの対象はアメリカ。基軸通貨がポンドからドルに変遷した時代に、イギリス(ヘッセン)がアメリカ(民主主義勢力)に押し込まれたことが見え隠れします。

扇動された民衆によって国同士で争わせ、第三次世界大戦を起こし、現在の国際秩序を破壊すること。

国というものがあるから、戦争が起きるとミスリードし、国を無くす方向へ持っていくこと。それが現実に『世界連邦運動』という国際的な組織に見られます。

つまりは世界政府の樹立、NWO、悲願の『千年王国』の実現です。

メタルレジスタンス 千年王国を望む者たち

三十年戦争で成功した手法を今も使おうとしている訳です。

陰謀論(一部スピリチュアルも含まれる)の基本は、自作自演をして打倒したい相手に擦り付ける。

※打倒ハプスブルクが今でいう所のアメリカ。薔薇十字団は陰謀論やスピリチュアル(善良な宇宙人がやってきて解放のイベントを起こしてくれると謳っているもの)

実に巧妙です。一時、私も浅い知識しか持ち合わせていなかったため、陰謀論や怪しげなスピリチュアルに乗せられていました。

あのまま無知のままでいたら、誤った思考の結果、本質とは全く異なる現実で生きていたと思います。(恐ろしい・・・。)

ヘッセンの『薔薇十字団』の思想によって、イルミナティは『ジプシーのタロット占い』『不老不死』『錬金術』『カバラ』『生命の樹』など、オカルティックで秘められた魔術的なものになっていきました。

フリーメイソンのスコティッシュ・ライトの15〜18の階級に『薔薇十字会』が据えられております。主題は『十字伝承、テンプル騎士団、アポクリファ(外典)』です。

本来のイルミナティは、啓蒙思想の光で照らされること(蒙(くら)きを啓(あき)らむ)。

そこから、180度反転し闇の方向へ向かっています。

ライトサイドからダークサイド。

このまま世界は闇に支配されてしまうのでしょうか?

いや、決してそんなことはありません。

フント男爵の時代、既に新大陸アメリカでは、ライトサイド「人民の人民による人民のための政治」の機運が最高潮にまで高まっていました。

そして、イルミナティが創立されたのと同じ年、フント男爵が亡くなったのと同じ年の1776年にアメリカ独立宣言が採択されました。

さらに、ボーデの活動はヘッセンに与したものでしたが、その社会改革(レジスタンス)の思想は本物でフランスのフリーメイソン(大東社)に引き継がれました。

それが、1789年5月のフランス革命(1789年5月5日-1799年11月9日)に繋がります。

フランス革命は紆余曲折し、大混乱と多くの尊い命が失われましたが、根底に流れる「自由、平等、友愛」の精神は、結果として封建制度(隷属的人間関係)を打破。

そして、

  • 資本主義の発展(法の下の平等・経済的自由・自由な私的所有等)
  • 資本主義憲法の確立(人民主権・権力分立・自由権(経済的自由権)等の人権保障を中心とする原理、典型例としてフランス憲法)

の民主主義を成し遂げました。

民衆を導く自由の女神(フランス革命の象徴)

自由の女神像は、フランス系フリーメイソンとアメリカ系フリーメイソンの間に交わされた贈り物。アメリカ合衆国の独立100周年を祝い、フランスの法学者で政治家のエドゥアール・ド・ラブライエが南北戦争後の混乱に苦しんでいたアメリカに対し両国の深い友情の証となりうるモニュメントの寄贈を提案し、寄付の募集を呼びかけた。像のデザインは『民衆を導く自由の女神』をモデルにしたもの

アミューズのロゴは自由の女神。何らかの縁を感じます。

「革命」

それは自らを超え、新たな自分を創造する事への挑戦

すなわち己との戦い

・・・

「フランス」でメタルマスターの「ジャンヌダルク」と出会う”BABYMETAL”。

ジャンヌダルクは言った。

「ホントのメタルを手に入れるには誇りが必要だ」

キツネサイン…

BABYMETALはキツネサインを掲げ輪になって踊り、嵐を巻き起こすのであった。

過酷な試練を乗り越えBABYMETALはフランスで誇りを手に入れた。

ジャンヌダルクは言った

「No.1にならなくてもいい もともと特別なOnly oneになりなさい」

ジャンヌダルクはBABYMETALをメタルの使者と認め最後の教典を託す

その教典はキツネ様のブラックアルバムであった。

遂にエンブレムが揃い、夏の夜空にメタルマスター座が描かれ、メタルマスターへの扉が開かれる。

あのメタルマスター達が集う天下一メタル武道会に出場するのだ。

※注目したいのは、3姫に囲まれたイルミナティのシンボルであるプロビデンスの目の三角形が上下180度、反転しているということ。ピラミッドシステムの反転を意味しているのか?

光があればそこに闇が生まれ、闇があればそこに光が生まれる。

ライトサイドとダークサイド。

光と闇の織り成すキアスム。捻じれ。Distortion。

※キアスムとは、お互いに関連する2つの節(光と闇)を、より大きなやまを生むために、その構造(ライトサイドとダークサイド)を反転させる修辞技法のこと。

キアスム、Distortionによって、相互反転を繰り返しながら、より大きなやまを生み、人類の文明は進化してきた。

この先、人類はどこへ向かうのでしょうか?

ここまでお読み頂きありがとうございました。

それでは。また。

おち

※アイキャッチ画像は、くろもり @crmo2018 さんの作品です。お借りさせて頂きました。

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