BABYMETAL WORLD TOUR 2018 インスブルック編

BABYMETAL WORLD TOUR 2018 インスブルック編

こんにちは。おちです。

BABYMETAL。ドイツのフェスでもしっかりと観客を熱狂させていましたね。

印象としてドイツは、BABYMETALを既に認知しているようです。アメリカのツアーをYouTubeで抑えている様子。新生BABYMETALについても戸惑いなく、どう楽しむか予習バッチリな感じでした。

さすがドイツ人、用意周到です!

観客の熱気とBABYMETALのハイクオリティなパフォーマンスが相互に掛け合い、素晴らしい景色を創りあげていました。やるなドイツ!

そして、Rock im Parkでのこのメイク。まさかの可愛さを封じてきましたね。ざわついてますけど、私は笑ってしまいました。ああであるべき。こうであるべきといった固定観念をことごとく破壊するその姿勢。

これができるのは腹が据わってないとできない。幅意識に囚われた他者視線を「アホか」と言わんばかりに手放し、やりたいことをする。物事に縛られないその姿勢は、開放的な風景を見せてくれ、とても痛快でした。(不愉快に思われる方、ゴメンナサイ。嘘はつけない性格なもので。)

BABYMETALのドイツにおける期待値は高かったと思います。そして、今回のパフォーマンスでその期待にしっかりと応え、いや、それ以上のものを見せつけた訳ですから、ドイツにおけるBABYMETALの信頼度は更に高まったと思います。

インスブルック

さてさて、「Rock am Ring、Rock im Park」が終わったら次はインスブルックのワンマンライブです。2018ヨロッパツアー、第一弾であるインスブルックはオーストリア共和国の都市です。

日本ではあまり馴染みのない都市ですね。

正直、オーストリアについてはあまり知識がありません。どういう国なのでしょうか?そして、そこにはどのような人達が暮らしているのでしょうか?

歴史、文化、風土。普段の生活からオーストリアに触れることは殆どありません。これは良い機会なので抑えておこうと思います。

ところで、BABYMETALが公演を行う都市はメジャーどころでなく、マニアックな都市ばかり。

収益を優先させるのなら、もっと有名どころの大都市を狙うのが定石だと思うのですが。。。何か意図でもあるのでしょうか?

ただ一つ思うところとしては、これらの都市はアポカリプスを深く理解する上では重要な拠点であるようです。まだ、理解不足なところがありますが、現代において鍵を握る王族や貴族の拠点となっている土地であります。

では、理解を進めるべく、掘り下げてみたいと思います。

オーストリア

まずは、ワンマンライブが行われるインスブルックについてです。

Wikipedia-インスブルック-

インスブルックInnsbruck)は、オーストリア共和国の都市で、チロル州の州都である。風光明媚な観光地として、またウィンタースポーツの地として世界的に知られており、1964年1976年にオリンピックを開催したことでも知られる。

1239年に都市特権を得た。14世紀よりハプスブルク家の支配下に入る。マクシミリアン1世の治世時には都が置かれ、各地から商人が往来する繁栄をした。チロルの鉱山から産出される豊かな資源を利用して、当地に武器工場を建て、最新の甲冑フリューテッドアーマー)を開発、製造させた。

フリューテッドアーマー(かっちょええ〜!!)

インスブルックは観光地のようですね。ウィンタースポーツが盛んでオリンピックも開催したことがあるのですね。へぇ〜知らなかった。

そして、ハプスブルク家ですか。きましたね神聖ローマ帝国の皇帝一族。15世紀から現代までの流れを正しく理解するには重要な家系であるハブスブルク。

今回でどこまで理解を深められるか。あまり入りすぎると帰ってこれなくなるので、ほどほどにしたいと思います。

Wikipedia-オーストリア-

オーストリア共和国(オーストリアきょうわこく、ドイツ語Republik Österreichバイエルン語Republik Östareich)、通称オーストリアは、ヨーロッパ連邦共和制国家首都は音楽の都といわれたウィーン

ドイツの南方、中部ヨーロッパの内陸に位置し、西側はリヒテンシュタインスイスと、南はイタリアスロベニア、東はハンガリースロバキア、北はドイツとチェコと隣接する。基本的には中欧とされるが、歴史的には西欧東欧に分類されたこともある。

オーストリアは、音楽の都と言われるウィーンを有する国です。ウィーンと言えば天才モーツァルト。このことからオーストリア人は音楽についての知見は高いと思われます。

そして、今回のワンマンライブで行われるインスブルックは舞踏会や演劇といった芸術活動が非常に盛ん。日々、一流の音楽に触れていることでしょう。耳も肥えているハズ。

歴史については、13世紀から20世紀初頭の実に650年という長期に渡って、ハプスブルク家による統治が続きました。

ハプスブルク家は神聖ローマ帝国の皇帝一族。ドイツも元は神聖ローマ帝国。そして、オーストリアは神聖ローマ帝国の中心地。神聖ローマ帝国の視点で言えば、ドイツよりもオーストリアの方が立ち位置的には上です。

まぁ、現代は神聖ローマ帝国は三十年戦争で弱体化、プロイセンによって解体されており、ハプスブルクも凋落していますから圧倒的にドイツの方が立ち位置は上です。

Wikipedia-ハプスブルク家-

古代ラテン人の有力貴族であるユリウス一門カエサル家)の末裔を自称し、中世の血縁制度を利用した政略結婚により広大な領土を獲得、南ドイツを代表する大貴族に成長した。中世から20世紀初頭まで中部ヨーロッパで強大な勢力を誇り、オーストリア大公国オーストリア公国)、スペイン王国ナポリ王国トスカーナ大公国ボヘミア王国ハンガリー王国オーストリア帝国(後にオーストリア=ハンガリー帝国)などの大公国王皇帝の家系となった。また、後半は形骸化していたとはいえ、ほぼドイツ全域を統べる神聖ローマ帝国(ドイツ帝国)の皇帝位を中世以来保持し、その解体後もオーストリアがドイツ連邦議長を独占したため、ビスマルクによる統一ドイツ帝国から排除されるまで、形式的には全ドイツ人の君主であった。ヨーロッパ随一の名門王家と言われている。

凄いですね。一言で言えば、中世から20世紀まで中部ヨーロッパの君主であった一族です。絶対的な力を持っていたことでしょう。

スペイン系ハプスブルク家またはスペイン・ハプスブルク(エスパーニャ・アブスブルゴ、スペインでは通常はカサ・デ・アウストリアと呼ばれる)家は、1580年から1640年までポルトガル王を兼ね、海外植民地を含めて「日の沈まぬ帝国」を実現した。

15世紀中頃から17世紀中頃までが、大航海時代と呼ばれます。ポルトガル、スペインによるアフリカ・アジア・アメリカ大陸の侵略が行われた時代。その時の皇帝がスペイン系ハプスブルク家です。

日本にもポルトガルの宣教師が送りこまれました。この宣教師がイエズス会のフランシスコ・ザビエルです。

INRI。INRIはイナリ。キツネ様です。

イエズス会は日本の大名との繋がりがあります。俗に言うキリシタン大名です。

明石全登、大友宗麟、蒲生氏郷、黒田官兵衛、高山右近、津軽為信、前田利家などがいます。毛利家にもキリシタン大名がいます。近代においては前田家との繋がりを注目しています。東京タワーは前田家がオーナーと言われています。その東京タワーの足元にフリーメイソンの東京支部があります。

蒲生氏郷といえばコレ。

このキリシタン大名で松平姓を与えられた外様大名が前田氏、伊達氏、島津氏、毛利氏、黒田氏、浅野氏、鍋島氏、鍋島氏、蜂須賀氏、山内氏。(ザビエルの通訳兼案内人であるヤジロウは薩摩出身。島津もその家紋(丸に十字)から一目瞭然のようにイエズス会との繋がりは濃厚です。)

四品以上に昇進する格式があります。四品とは、律令制で、親王の位階の第四位。親王とは、東アジアにおいて、嫡出の皇子や最高位の皇族男子に与えられる称号です。

つまり、皇族。イエズス会はガッチリ日本の皇族との繋がりがあると言えそうです。

おっとっと。だいぶ脱線してしまいました。

あと少しだけ。ここ重要なので。インスブルックを調べると帝国郵便、タクシスというキーワードが出ました。

※ここから興味のない方は【オーストリア人】までスルーしてください。

ドイツのレーゲンスブルクの町には、コミック本を片手に町を歩く日本人女性の姿があるそうです。 彼女たちが手にしているのは、池田理代子さん作の漫画「オルフェウスの窓」 という少女漫画だそうです。 その「オルフェウスの窓」の舞台となった城が、レーゲンスブルクにあるトゥルン・ウント・タクシス一族の居城エメラム城だったのです。そして、エメラム城は、部屋数が500室、規模は英国王室のバッキンガム宮殿よりはるかに巨大なのです。

このエメラム城を居城にしていたタクシス一族の9代目当主ヨハネス・フォン・トゥルン・ウント・タクシス侯は、1990年12月14日に亡くなっていますが、彼の私有地の森林はもちろん、公有林の「払い下げも次々と買収し」、ヨハネス単独でヨーロッパ最大の森林所有者=土地所有者となっていました。さらにヨハネスは、ビール会社、銀行、不動産会社等、50企業を支配し、ドイツ国内だけで3万2000haの土地、海外に7万haの土地を所有していたそうです。そしてさらに、欧州各地に散らばったタクシス一族全体の財産は、これとは全く別にあるのです。

タクシス家には、こんな一面もあります。 元々、ドイツで王侯貴族お抱えの霊媒師として、予言の的中率が高いと大人気であった「占い師」がトゥルン・ウント・タクシス家であったのです。 タクシス家は、郵便事業だけでなく貴族や聖職諸侯、外交官、商人の通信を扱う特権も得ていましたので、ヨーロッパ全体に広がったネットワークを駆使し、情報を手に入れていたタクシス一族にとっては、予言を的中させることは「簡単なこと」であったのです。つまりタクシス家は単なる郵便事業だけではなく、同時に生業として諜報活動を行っていたらしいのです。

そして、ヨーロッパは16世紀後半から17世紀末まで戦争の時代に入ります。ドイツの諸侯(貴族)たちがプロテスタント側とカトリック側に分かれて戦争を始め、それにスウェーデンやデンマークなど北欧も参戦し拡大したのが三十年戦争です。同時にイギリス・フランス・オランダ・スペインなどが支援・介入を始めヨーロッパ全域にわたる大戦争となったものです。表向きは宗教戦争のように語られますが、実態は、カトリック国であるフランスがプロテスタント側のスウェーデンを支援したことにみられるように、本質はヨーロッパ世界における覇権闘争です。

そうした激動の中、タクシス一族は、対立する2つの勢力に雇われ、諜報活動を商売として行っていたのです。当時は通信もなければインターネットなどもありませんから、遠方との全ての情報のやりとりは郵便事業を独占するタクシス家の手中にあったのです。

30年戦争の時代に諜報活動を行うタクシス家は、情報の統合にも手を付けたのです。何をしたかというと、タクシス家は、ヨーロッパ各国の王・貴族に、メートル、kgといった測量単位を統一させるということも行っているのです。

情報は、通信社が発信元となります。世界初の通信社「アヴァス」(フランス)は、ハンガリー系ユダヤ人だったシャルル=ルイ・アヴァスによって創設されました。この通信社には、その後花開く「ヴォルフ」のドイツ系ユダヤ人ベルンハルト・ヴォルフや、「ロイター」の同じくドイツ系ユダヤ系ポール・ジュリアス・ロイターが翻訳スタッフとして働いていました。

その後、この3社「アヴァス」「ヴォルフ」「ロイター」は、世界を席巻する企業に成長します。1856年、この3大通信社は、主に経済ニュースを相互に交換する暫定協定を締結、その3年後には、それは一般ニュースの分野にも広がりました。

そして、この3社で独占的に取材・配信できる地域が定められました。

アヴァス:フランス、スペイン、イタリア、地中海東部沿岸地域

ヴォルフ:ドイツ、ロシア、北欧、スラヴ諸国

ロイター:イギリス帝国、非ヨーロッパ圏

特に“ロイター”が重要。

この通信社にはものの見事にロスチャイルド家が絡んでいます。詳しく述べますと、まず、アヴァスが誕生する前、ロスチャイルド家はドイツ南部のバヴァリア地方を拠点に、郵便制度を作り上げたことで知られる郵便王テュルン=タキシス家と共謀してヨーロッパの様々な情報を網羅していました。

このテュルン=タクシス家とロイターの創業者ポール・ジュリアス・ロイターが家系図で結ばれるのです。 この事実を裏付けるかのように、ロイターの最初の顧客はライオネル・ロスチャイルドであり、また、ロイターの大理石像が公開された時、除幕式の紐を引いたのが、エドマンド・ロスチャイルドでした。

この、一民間企業から発生した情報網が今日の諜報機関の創設に関わっています。現在主要マスコミのほとんどはロイターと契約しています。

引用元:世界を操る支配者たち(5)〜スパイ組織タクシス家(上記は一部を抜粋)

おお、ビンゴ。世界におけるマスコミの核を掴めました。

ちなみにこれらのボスがヘッセンになってくる訳ですが、BABYMETALの次のワンマンライブの地であるオランダの王家はネーデルランドのオラニエ公(ヘッセン)です。

そのオラニエ公であるウィリアム四世(母がヘッセン=カッセルカ方伯カールの娘マリア・ルイーゼ。)が婚姻を通じて、次の公演地であるイギリスに入り、乗っ取っています。(その結果がハノーバー朝)

現在のエリザベス女王の夫であるフィリップ(エディンバラ公)はマウントバッテンの家系ですが、このマウントバッテン(ドイツ名はバッテンベルク)の名はヘッセン大公の邸宅の一つがあったバッテンベルク (エーダー) に由来します。つまり、ルーツはヘッセンです。

今回のBABYMETALのヨロッパツアーの各都市を掘り下げたらこんな感じになりました。

ゴメンナサイ。あと少しだけと言いつつガッツリ入ってしまいました。話をオーストリアに戻します。

オーストリア人

オーストリア人については下記の記事を参考にしました。

オーストリア人はちょっと独特?性格の特徴や国民性、文化!

オーストリア人は、一般的に南欧諸国のようなオープンで陽気な性格というよりは、どちらかというと、閉鎖的だったり、保守的だったりする人が多い印象です。

また、言語が同じで、地理的にも近いため、何かとドイツ人との共通点も多く、比較されがちなオーストリア人ですが、実際非常に似た部分は多いものの、オーストリア人は、ドイツ人ほど厳格、頑固ではなく、良く言えば、大らか、悪く言えば大雑把な面があります。

例えば、時間についても、ドイツ人にとっては、時間厳守は当たり前ですが、オーストリア人はややアバウトなところがあり、時間にルーズな面もあったりします。

仕事に対する姿勢も、ドイツ人とは異なり、生真面目にストイックな姿勢で仕事に打ち込むドイツ人に対して、オーストリア人は、あくせく働くというよりは、もっとリラックスしていて、仕事はほどほどに、生活を楽しみたいと考えている人が多いです。

しかし、歴史的にもかつては同じ国家であったことから、見かけで区別することはほぼ不可能なのですが、彼らはドイツ人と間違えられることをとても嫌います。

現在は世界的にも経済大国となったドイツからしてみると、人口わずか800万人ほどのオーストリアは弟のような、ちょっとからかいたくなるような存在ですが、オーストリア人からすると、かつては、ヨーロッパの大半を統治していた大帝国であったプライドもあるからか、ドイツからのそういった扱いや、他国民からドイツと一緒にされたり、間違えられたりすることを嫌います。

また、保守的な国民性からか、外国人(有色人種)に対して、他のヨーロッパ諸国と比べても、排他的な面が強いという声も残念ながら存在します。

引用元:オーストリア人はちょっと独特?性格の特徴や国民性、文化!

ちょっと、癖が強そうですね。

オーストリアはウィーンに代表されるように音楽・芸術に関して世界屈指の都市であると言えます。

この地でBABYMETALは何を残すのでしょうか?そしてBABYMETALを見たオーストリア人はどのような反応をするか?相も変わらずぶっ飛ばしてくれることでしょう。

また、楽しみが増えました。

それでは。また。

おち

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