悪夢の輪舞曲(ロンド)

悪夢の輪舞曲(ロンド)

こんにちは。おちです。

今回はリアクション動画の魅力の構成要素である「興奮を共感しながら追体験する」の実験をしてみたいと思います。

はたして面白くなるのか?それとも全くもってつまらないのか?

それは、やってみないと分からない。

アイデンティティー

では、始めます。 まずは「私がBABYMETALに出会う前はどのような思考をしていたか?」ですね。

ここでいう思考は音楽に対する考え方や捉え方、趣味嗜好を指します。

嗜好とはアイデンティティー。アイデンティティーとは、「あなたは何者ですか?」と問われた時に回答する「私は◯◯というもので、◯◯出身で、◯◯という会社で働いており、趣味は◯◯で・・」といった自分の属性や好みなど、自分を表現するもの。

嗜好はここでいう趣味、好みであり、その拘りが個性として自己の特徴を表します。

その人が人生で歩んできた道のりで感じてきたこと、試行錯誤を巡らしてきたことなど、その思考の繰り返しによりアイデンティティーが形成されていきます。

アイデンティティーはその人の歴史であり、その人の趣味嗜好はその人の人生の歩みが人格(person)として滲み出たものであると捉えられます。

このように捉えると音楽に対する趣味嗜好はその人を特徴づけるものであり、アイデンティティーそのもの。

つまり趣味嗜好を知ることで、その人の核となる部分を知ることができるという訳です。

おちの小学生時代

前置きが長くなりました。

では私の趣味嗜好(アイデンティティー)、思考(思考は私そのもの。)が形成された経緯をお話します。

まず、初めて好きになった音楽は寺尾聰の「ルビーの指輪」でした。 (子供なのにシブイ・・・。)

私が小学生の頃に流行ったもので、子供心にこの切ないメロディーが刺さりました。奏でられる切ないメロディーは木枯らしに身を置くかの如く、その儚さに包まれる感じがなんとも心地よかったことを今でもハッキリと思い出せます。

それから時代を進めると、光GENJIが世の中の脚光を浴びていました。 この時の熱狂は凄まじかったと記憶しています。 クラスの女の子は光GENJIに夢中でした。

そして、おニャン子クラブ。 昭和から平成へ変わるこの時代はジャニーズ、おニャン子がお茶の間を席巻していました。

時代はバブル。 トレンディドラマやとんねるず。ジュリアナ東京、そしてボディコンお姉さん。TV画面を通して繰り広げられるイケイケ、ドンドンの大合唱。今からすると皆、金持ちだった。 良い時代だったなのかもしれません。

しかし、私にとっては違和感でしかありませんでした。

ジャニーズやおニャン子クラブはとても人気だったのですが、どうも私には全く刺さらない。むしろ、そのパフォーマンスは見てるとこっちが恥ずかしくなり、見ている間は拷問を受けるかの如く苦痛でした。

そしてボディコンお姉さん。「高収入・高身長・高学歴」でなければ相手にしない。厚化粧で派手な振る舞い。これでもかと我欲を振りまく。

まだ子供の私は視野も狭く、そこまでの寛容さはありません。 見ていて怒りが込み上げ「それは違うだろ!こいつらバカか!」と、猛烈に嫌っていました。TVを見てはdisりまくって、よく親に叱られたものです。

他者目線・幅意識・自我・プロビデンスの目

今、振り返ってみると小学生の頃までは「好き・嫌い」を素直に表現していたと思います。

しかし、大人になるにつれて相手の顔色を伺うようになり「好き・嫌い」を素直に表現できなくなっていきました。

子供の頃は周囲の目というのは、あまり気にしなかったと思います。誰がどう思うかあまり気にしない。自分の好きなことばかりしていたと思います。

それが中学生になると周りからどのように見られているか強く意識し始めます。周囲の視線。他者の目。これが強烈にのしかかってくる訳です。

それと共に襲い掛かる不安と恐怖。「こう思われたらどうしよう。こう見られたらどうしよう。」逃げたくても逃げることのできない他者の目。まさに悪夢の輪舞曲。

この時代は力のあるもの、力のないものがハッキリとします。ケンカが強い者、頭の良い者、カッコイイ者、面白い者、序列が明確に定まります。上位に位置づけられるのは限られた特別な人。下位に位置づけられるのはその他多数。

このようにピラミッドが形成されます。 そして、このピラミッドの世界では上位が好きなようにできる世界です。上位が決めたルールが適用され、価値観でさえも決めることができますのでいかに上位に入るかが最重要課題となります。競争に勝てば上位に入れるし負ければ下位。

勝てば天国、負ければ地獄。

脱線しますが、このピラミッドの正体は他者の目です。といってもこの他者の目には実体がありません。己が創り上げた幻想です。鏡に映る自分を自分として捉える意識が創りあげたもの。

「こう思われたらどうしよう。こう見られたらどうしよう。」という不安と恐怖。皆の常識の枠にいればとりあえずは安心。「○○であるべき。○○すべき。」

他者の目、幅意識。鏡の世界に囚われたマトリクス。私はこれをプロビデンスの目と呼んでいます。この悪夢の輪舞曲から抜け出すことが私の人生テーマでもあります。

プロビデンスの目。ONEに注目。(このあたりの話はいずれ詳しくお話ししたいと思います。)

おちの中学・高校時代(暗黒時代)

話を元に戻します。

私は力のない者でした。

私はこの頃、「チャゲ&飛鳥」や「たま」が好きでした。人気者の子に「何の音楽が好き?」と聞かれた時、素直に「チャゲ&飛鳥、たま」と答えたら滅茶苦茶にバカにされました。

その子に目をつけられると厄介です。その子にレッテルを貼られると、皆の自分に対する視線もそれになります。抗って言い返してもケンカは弱く覆す事ができない。

バカにされるのが日常になり自信はどんどん失われていきました。自信がないから挙動や言動もおかしくなり、ますますバカにされ、また自信を失う。負のスパイラルに落ちていきました。

いつしか自分に対するイメージは低くなり、誇りも失われ、全てが否定的にしか見えません。好きだったものも嫌いになってしまいました。

自分自身に胸が張れない。

好きなことも好きと言えず、嫌いなことも嫌いと言えず嫌なことも嫌と言えず、「しょうがないから」と我慢し現実を受け入れる。我慢したあとには「きっと明るい未来が待っているさ」と妙に自分を納得させ、ひたすら耐え続ける日々。※我慢の次はさらなる我慢がある。これ本当。

どうすれば良いのかよくわからないまま悶々と過ごしていた中学生時代。高校時代もキッカケを掴めず自信は失われていくばかり。

周りはテレビで流れてくる様々なポップミュージックに夢中。熱く語り合っていました。自分は好きになりたくても全く心が動かされず無反応。仲間に入れず孤立するばかり。この頃の景色は決して美しいものではなく、暗黒時代といってよいでしょう。

心は冷め切っていました。何をしてもつまらない。

探し求めて

冴えない中学、高校時代。青春とは程遠い日々。何かに熱中することもなく、惰性で流れていく日々。失われた自信、誇り。無意識だけど、何とかそこから抜け出そう。心から熱くなれるもの。あの頃はそれを探し求めていたと思います。

そして、20歳くらいでしょうか。遂に探し求めていたものと出会うことになります。

・・・

さらっと行くつもりでしたが、思いのほか長くなってしまいました。続きは次回で。

それではまた。

おち

※アイキャッチ画像は、くろもり @crmo2018 さんの作品です。お借りさせて頂きました。

※感想を頂ければ泣いて喜びます。関連記事の下にコメント入力欄がありますのでそちらから感想をお寄せ下さい。

BABYMETALカテゴリの最新記事